Living Lab/リビングラボ

概要

デンマークやオランダでは、70年代頃から政府、企業、市民などの利害関係者を巻き込みコミュニティ全体でシステムの開発や課題解決に取り組む「参加型デザイン」という社会デザイン手法、社会的参加型手法が独自に提唱され実践されてきています。

提唱されてきた多くの手法は、年月を経て活用における最適化が図られ、知見が蓄えられてきました。数々の参加型デザイン手法の中でも、複雑性、不確実性が高まる現代社会の社会課題の解決に有効な持続性を兼ね備えた参加型オープン・イノベーション・アプローチとして近年「リビングラボ」が国内外から注目されるようになっています。

リビングラボの定義

リビングラボとは、なんでしょうか?多くの定義が提唱されていますが、私の考えるリビングラボは「イノベーションが生まれる場」です。リビングラボでは、当事者の日常的な生活環境(Living)の場(Lab)でオープンイノベーションを起こす共創(Co-Creation)の仕組みが提供されます。つまり、リビングラボは、リビングラボに埋め込まれる仕組みを通じて、技術と社会の親和性を模索しコミュニティベースで未来創りをする場なのです。

あえて定義づけるならば、リビングラボは次のように言えます。

多様な関係者が集う(参加型)場で、社会問題の解決、最先端の知見やノウハウ・技術を参加者から導入し、オープンイノベーションやソーシャルイノベーションを通して、長期的視点で地域経済・社会の活性化を推進していくための仕組み

リビングラボは、物理的な拠点があることもありますが、商店街や街の1区画、趣味コミュニティと言ったザクッとした空間やネットワークをリビングラボと呼ぶこともあります。リビングラボというモノっぽい対象を建物などの場所ではなく手法としてみる点がミソですが、物理的要素を否定するわけではありません。リビングラボ手法を実践する物理的な「場」は、あるに越したことはありません。だからこそ、リビングラボは、参加者が考えを変える「場」であり、未来を作る「場」と言っています。

リビングラボの成功の鍵

リビングラボを考える鍵は、「住民や当事者の参加」です。当事者の課題意識や問題解決に向けた主体的な取り組みが、今後の社会における新しい仕組みやテクノロジ導入の鍵になります。一方的に箱を作り、ニーズやモチベーションなく技術ドリブンでテクノロジを持ち込み、新しいから売れるだろうというビジネスモデルや役立つから受け入れられるだろうというお上視点は、既に立ち行かなくなっています。リビングラボの手法は、今までの延長線上になるイノベーションではなく、米国型のデザイン思考でも実践されている、ラディカルイノベーションと親和性が高いのです。当事者を巻き込むことを第一義とするリビングラボは、現代社会が抱える課題解決に有効かつ、持続性を兼ね備えたイノベーションアプローチであり、今後、社会における技術の可能性を探るのに重要な手法の一つなのです。

リビングラボには大きく分けて、コミュニティ型ビジネス型がありますが、基本的な柱は同じです。「関係するみんなが一緒に未来を創っていく」ことです。2014年に安岡と専修大学の上平教授が2人で提案した「リビングラボの10のパースペクティブ」は、少しずつ形を変えていますが、基本的な部分は今でも有用です。

10 Perspectives Living Lab
リビングラボを実施する際に重要な10個の鍵を3階建ての建物に見立てて図式した

鍵となる視点は色々とあります。例えば、次のようなことです。

  • 日常生活の一部であること
  • 当事者を巻き込み自分ゴトにしていること
  •  長期的視点が自然と育まれる仕組みが埋め込まれていること
  •  新陳代謝が盛んなコミュニティ学習の場であること
  • 発想と創造が日常となっていること

北欧では、リビングラボは、一般的に参加型デザイン共創デザイン(Co-Design)のアプローチと捉えられ発展してきました。今まで、「リビングラボ」では、短・長期的なサービス・施設・機器のテストベッドとしてITに関わるイノベーションを支援する組織やその施設でのアプローチとして用いられることもあれば、地域の社会課題の解決法として、地方自治体やNPOによって実施されるケースも見られています。リビングラボと名付けられていても上記のような特徴がない場合もありますし、またリビングラボと言っていなくてもリビングラボ的機能を十分に果たしている場合もあります。

求める成果によってそのリビングラボの活用の仕方が大きく異なるということもあり、上記で挙げたような鍵を抑えつつ、考え方やアプローチをローカライズしていくことがリビングラボ手法活用の成功につながります。

リビングラボは皆に役立つ!

リビングラボは、日本では社会問題解決のために使われることが多いNPO的イメージがあるようですが、コミュニティ型ビジネス型があります。日本でも知られるようになってきた国際的なリビングラボのネットワーク「ENoLL」のリビングラボは、EUから資金が出ているということもあり、まちづくりや行政との協働が中心となっており、どちらかというとコミュニティ型が大勢を占めています。しかし、欧州では、ビジネス型も産官学の連携で多く実施されています。

リビングラボは、市民(当事者)、企業、行政、研究機関など関わる全ての人たちが主体となりえますし、どこから始まるのかでその形は変わってくるでしょう。覚えておいてもらいたいのは、この産官学民の全てが参加していることは、持続可能性を高めるためには不可欠だという点です。

それぞれの参加者が得られる利点としては下記のようなことが挙げられます。

当事者:リビングラボで取り扱われる社会課題はその当事者の日常生活に大きく関わるもので、積極的に関わりたいというモチベーションが潜在的に存在します。当事者は、関わることで1)サービスや製品の開発に影響を与える、2)より深い知見を得る、3)未来のサービス・システムに事前に慣れ親しみアンバサダ(サービスや製品の支援者)になることができます。ひいては当事者自身の生活の質の向上につながるので、メリットを感じてもらいやすいでしょう。

企業:リビングラボで取り扱われる社会課題に則したサービス・製品開発を当事者と共に進めることができます。企業は、効率的かつ効果的にエンドユーザと交流することで、ニーズにアクセスすることができ、初期段階で当事者からのフィードバックを受け製品を改良することができるため、経費削減にも繋がります。さらに、長期的な活動を視野に入れることで、企業はリビングラボを通して、企業活動と顧客の長期的な関係を構築することができるのです。

公共機関:リビングラボで取り扱われる社会課題は、公共機関が直接的/間接的に解決しなくてはいけない課題であることが多いです。公共機関は関わることで、1)多くの市民に公共機関の施策の認知を高め、2)中長期的な地域計画の策定に、市民の意見を組み込むことができ、3)市民の理解を獲得することにより、直近の当事者ニーズのみに左右されない長期的な地域力の向上を図ることができます。

研究機関:多様な想いを持った人々が集う参加型のリビングラボでは、枠組みづくりやプロセスづくりが不可欠です。ファシリテータとして関われる人が不可欠で、研究機関はニュートラルな立場で関われるため、このポジションに最適です。リビングラボは、研究者が喉から手が出るほど欲しい研究フィールドやデータにあふれた場になるでしょう。

リビングラボの始め方

リビングラボを実際に始めようと思った場合、直面する課題があります。それは、どのように始め、どのように運営していくのかといったような、プロセスやノウハウに関わる課題です。

次に、北欧のリビングラボを参考に、重要だと思われることをいくつかまとめて見ます。自分なりのリビングラボをデザインし、ローカライズすることは不可欠ですが、いくつかの王道はあります。

前例やネットワークを活用する

日本発のリビングラボの先端事例が多く聞かれるようになってきました。例えば、横浜市と東急電鉄が実施する「WISE Living Lab」、NECとNTT TXが共同で進める「はぐラボ」などです。そのほか、横浜市栄区桂台南地区や徳島の小松島リビングラボなど多くの地域が実践を始めていますので、参考になるでしょう。リビングラボの実践コミュニティがネットワーク化されつつありますので、そんな研究会に参加することも役に立つかもしれません。北欧のリビングラボの解説・北欧事例をまとめた冊子北欧研究所から出されていますので、そちらも参考にしてください。

手引きを活用する

私が関わった「リビングラボの手引き(下図参照)」もぜひ参考にしていただきたいと考えています。リビングラボの手引きでは、日本と北欧のリビングラボ実践者から集めたノウハウが30個のコツにまとめられ、図解されています。巻末のマトリックスを使って、リビングラボを始める前、リビングラボで問題に直面した時など用途に合わせた使い方もできるようになっています。興味のある方は是非お問い合わせください。

リビングラボの手引き
NTTとデンマーク工科大学が共同で作成した「リビングラボの手引き」日本と北欧のリビングラボ研究者実践者からの知見を30のノウハウにまとめたもの。

専門家と協働する

当然のことながら、リビングラボを含めた各種参加型手法は、その目的、プロセス、手法によって、成果が異なります。どのような参加の枠組みを構成することで、どのような参加者、目的、成果が期待できるか、実際にリビングラボを構築する際には、リビングラボの意識的なデザインが不可欠であり、リビングラボの専門的知見が欠かせないと考えています。

リビングラボの注意点

リビングラボは多くあるイノベーション手法のうちの一つです。どの手法にも言えることですが、イノベーションに特効薬はありませんし、一度ワークショップをやっただけでは何も変わりません。ただ、持続的にイノベーションのためのツール・プロセス・場・環境を整えることで、イノベーションを起こす基盤を確固たるものにすることができると考えています。

課題先進国でもある日本で、諦めではなく、多様性と多くの人の絶え間ない努力によって、多くのイノベーションを生み出すために、リビングラボというアプローチでできることがたくさんあります。そんなイノベーションの場作りに関心がある方、ぜひ一緒にリビングラボに取り組んでみませんか。

→安岡美佳はLiving Labの取り組みとしてこんなことをしています!